その影、光のように
「今から休み、っていつも休んでない?」
「何言ってるのセト、俺は毎日ハードワーカーだよ。」
「じゃあ灰次はハードハードワーカーになるね。」
もう一つくらいハードが付くんじゃない?なんて軽く言うこの男、もとい総隊長である兄はいつもの顔を崩さず爽やかに笑った。
溜まった書類を届け終わり、一息付く許可を副隊長(ある意味我が隊長には権限がない)から貰い、屋上へと行こうと廊下を歩いていたら、礁兄さんもついて来たのだ。
ガラス面積が多いカンパニーは今日のような晴天だと光が四方八方から差し込み、床に反射してたまに目を細めてしまうほど光っている。
外がよく見えるのは解放感があって好きなのだが、なんと言っても昔からの一番のお気に入りは広々とした屋上だった。
昔はよく入り浸っていたが、最近は任務や悪戯や悪戯や悪戯で忙しく、なかなか行っていなかった。
「礁兄さんも屋上来る?今から行こうとしてたんだけど。」
兄の方を見て聞いてみるが、この兄といい幼なじみたちといい、身長がでかい。とにかくでかい。 栄養分は全て身長にいってるんじゃないかと思うほどでかい。立って話すと首が痛くなるのでしゃがむか縮んで欲しいといつも思う。
まぁ縮まれても何か気持ちが悪いので困るのだが。
「…そうだね、たまには可愛い妹を構ってあげないと拗ねちゃうもんね。」
「拗ねないし、一人で平気だから別にいいよ。」
「……え〜、やだ俺が拗ねちゃう。」
「お前かよ!!」
他愛のない話をしながら屋上へ出るゲートを開ける。ここの屋上は一見普通に外に出たように感じるが、見えないバリアで覆われている。さすがゼロ・カンパニー、セキュリティーは万全だ。
「ん〜!!やっぱり天気のいい日の屋上って気持ちいい〜。」
「本当だ。灰次も連れてきてあげればよかった。」
太陽が燦々と照り、冬明け直ぐにしては暖かかった。
光に照らされ光る銀色の髪が風にのってふわりと靡いた。
「でも灰次まだ(押し付けられた)書類が残ってるんでしょ?」
「うんだから連れてきてここでやらせようと。」
「鬼っっ!!どこまで爽やかに鬼なのさ!?」
冗談だよ〜、と言う兄の声は今まで一度たりとも冗談に聞こえたことはない。礁兄さんは適当な場所に座ると伸びをしながら寝転がった。 こんなんで総隊長なんだからカンパニーってすごい。
「ほらセトも寝転がりなよ、気持ちいいよ?」
「うわっ、」
不意に腕を引かれて視界が急降下する。痛いと思う前に礁兄さんの体にダイブした。
「急に引っ張らないでよ…」
「いいじゃん、兄妹なんだし。」
「いやそれ理由になってないから!」
「……なんか、いいよね。こういう時間。」
私の突っ込みを無視した兄の顔が微かに変わった。これは"総隊長"ではなく、"礁翠"の顔だ。
「世界が平和って、多分一番わかりにくい俺たちの幸せなんじゃないかな。」
目まぐるしく生きる私たちにとって、最も幻想めいた幸せを、私たちは造ろうとしている。
それを達成しようというのなら、現実は幻想となり、夢は現実となる。
罪な希望を求めて、ある意味で最高のサイクルを、壊していく。
「…今度みんなで来たいね。」
「え?」
「お菓子持ち寄ってさ、あ、食堂で何か作ってもらってもいいかも。みんなで今日みたいな天気のいい日に、のんびり過ごすの。」
風を体で感じて。光を浴びて。
忘れがちな小さな幸せを心に刻むために。
影の世界ばかりを見つめないために。
己の存在は永遠であることを知らないから。
この地に叫ぼう、儚い夢を。
「…あ〜あ、やっぱりセトには敵わないな。」
「え?」
セトを上に乗せたまま礁翠はゆっくりと腰をあげる。セトの視界は彼で遮られた。
「…お前が妹でよかったよ。」
大きな手でセトの頭をくしゃくしゃと撫でると、銀色を風に遊ばせながらゆっくりとゲートへ向かった。
「あんまり長居はしないようにな。気温はまだ低いから風邪ひくよ。」
またいつもの笑顔で兄は屋上を後にする。なんだかこそばゆい気持ちで暫く起きあがることが出来なかった。
その影、光のように
(君の大きさに、君は気付いているだろうか、)