count01:語る大樹

「ど、どういうことだ?」
「はいはい。D.Cって聞いたことくらいはあるでしょ? こいつらはアンタみたいな甘い誘惑に弱い人を狙って、襲ってくるの。どうせ金持ちにしてやる、とか永遠の富を与えてやるとか都合の良すぎる話を持ちかけられたんでしょ?」
「な……」
「で、あそこでぐったりしてる人たちを見る限り、村人の命と引き換えに自分だけ美味しいところを持っていくわけね。あーあ、村長のくせによくやるわあ。村人を見殺しですか」

 わざとらしく溜息を吐きながら、一歩前に踏み出す。

「う、うるさい!」
「でもね、残念ながらアンタの野望は叶いそうもないのよ。どうせD.Cの囁く誘惑なんて嘘なんだから。村人の生気を少しずつ吸い取って弱らせてから美味しく食べた後に、アンタも喰われて終わりってわけ」
「ち、違う! そんなことはないっ! 私は確かに森神様と契約を……」

 また一歩、大樹との距離を縮める。

「はいはい。アンタの言い分はわかった。で、さっきから森神様は黙ってますけど、ちゃんと姿を現したら? 幹ごと斬られたいの?」
"ははは、それは遠慮したいのう"
 大樹の幹から黒い塊が溢れ出る。少しずつ形づくり、四、五メートルはあるであろう狼のような獣を模した生き物が現れた。
"あと少しで食べごろを迎えたんだがのう。小娘に邪魔されるとは"
「それはすいませんね」
"まあいいさ。お前もまとめて喰うてしまえばいいだけのことよ"
「もっ、森神様っ! 私との契約は……!」
 ゆらりと首を村長の方に向けると、牙を見せながらD.Cは笑う。
"愚かな人間よ、小娘があれだけタネあかしをしたのにまだわからぬか。わたしは最初からお前らを喰うことしか考えておらんわ。大樹の生気もなかなか美味であったからの、憑いていただけのこと。森神などおりはしないさ。ここにあるのはただの大木よ"

 D.Cが動くのと同時にセトは縛られていた手の縄を解いた。互いが地を蹴り走りだす。腕につけた端末を操作しながら、相手との距離を詰めていく。

'D.Cヲ カンチ Lv.10ト ハンテイ'
「ありゃ、雑魚じゃん」

 セトは何も持っていない右手に力を集中させる。すると空気中の水分が集まるかのように、水が手を包んでいった。瞬時に形どられ、透き通った剣が現れる。すかさず剣を構え、降りかかるD.Cの前足をそれで受け止めた。

"小娘、今雑魚と聞こえたが。わたしの聞き違いであろうな?"
「あらあら、今日のD.Cさんは耳も悪いのね。言ったわよ、雑魚って。もう一度言いましょうか?」

 逆の前足がセトの脇腹めがけて振り下ろされた。それを左手に現れたもう一本の剣で受け止める。爪と刃の擦れる音が、細く響いた。

"傲るなよ、小娘ごときが"

 D.Cはにやりと笑うと、セトから手を離し跳んで後退した。剣を持ち直した刹那、黒い塊が彼女の背後を覆う。赤い瞳がぎらりと光り、親玉よりもひと回りほど小さい大量のD.Cがセトを襲う。 しかし彼女は剣を構えることなくただそこに立っていた。

"ギャァァァッ!!"

 一瞬にしてD.Cが吹っ飛び、後退していた親玉D.Cは更に一歩後ろへ退いた。セトの横にはいつの間に来たのやら、クラウスがだるそうにして彼女と逆向きの状態で立っていた。

「クラウス、来るの遅くない?」
「いや、かっこいいタイミングで出ようかな〜と思ってさ……」
「いやいやいやいや、そういうのは別に求めてないから」
"き、貴様らっっっ!!"

 親玉のD.Cと小さなD.Cたちが二人を挟み込むように走りだす。セトは武器を構え、クラウスは肩を回しながら呑気にストレッチをしている。

「今回は大きい方もらっていーい?」
「どっちもザコだしね……いいよー、小さい蠅どもはオレが潰しておく」
「りょうかーい」

 目の前の敵と目を合わせ、笑う。怯んだ一瞬を逃さずD.Cの背後へ回り、首元に剣を向けた。透き通った刃は雪の白に反射した光できらりと輝く。 目の前でばたばたと倒れては煙のように消えていくD.Cたちを、目に焼き付ける時間だけを与えた。

「これで、終わりだよ」









 日が傾き始め、森は一層寒くなった。降り終わった雪は辺りを白銀の景色へと変え、夕日に共鳴するかのように輝いて見えた。D.Cを消去した後、意識を取り戻した村人たちを村まで運び、 村長と彼に従っていた側近を、駆けつけたカリジ国の警察へと引き渡した。ゼロ・カンパニーはあくまでもD.Cの調査や研究、消去を専門とする組織であるため、 今回の事件を引き起こした張本人は国、あるいは世界聖府によって裁かれるのだ。

'クラウスさん、セトさん、お疲れ様です。状況は?'
二人の端末に通信が入り、情報課の班長である泉李が優しく声をかけた。
「あっ、泉李さーん! 珍しいね、泉李さんから通信なんて」
'ちょうど手が空いたところなんですよ。もう戻れそうですか?'
「引き渡しは終わったし、寒くて死にそうだから早く帰りたい」
「と、うちの隊長さんも言ってるので、今から帰りまーす!」
'ふふ、わかりました。帰りのスカイラインの手配もこちらでしておきますので、後ほどまたご連絡しますね'

 通信を終え、縮こまるクラウスを引っ張って歩くと、毛布に包ったエリーゼやミーナたちが焚火の前に座っていた。村長たちが捕まった今、被害者である村人たちは一度国で保護されることとなったらしい。

「クラウスさん、セトさん、本当にありがとうございました。ミミも顔色がとても良くなって、今ぐっすりと寝ておりますわ」
「それは良かったです。でもみんな健康状態はよくないから、病院でしっかり休んでくださいね。」
「おねえちゃん! おにいちゃん! ありがとう!! もりがみさまも、きっとよろこんでるよ!」

 もりがみさま、という単語を耳にして、先ほどまでの出来事を思い出す。D.Cに憑かれていた大樹はヤツらが消えた今、勿論再び喋ることはなかった。念のため切り倒してしまおうかという警察の言葉に、 村人たちは必死で止めていた。喋らなくなったとはいえ、昔から村で大切にされてきた木であるからこのままにしてほしい、と。
 ミーナたちに見送られながら、来た道を戻る。しかしセトは途中で足を止めると、再び村の方を振り返り走り出した。

「セト、どこいくの」
「ちょっと最後にあの木を見てくる! クラウス先に駅に行ってていいから!」

 クラウスの返事も聞かぬまま、セトは雪道を走る。ざくざくと音を立てて、森の中へと進んでいった。
 ついさっきまでいた空間は、まるで今まで何事もなかったかのように、静かであった。セトは大樹を見上げる。D.Cの力によって青々と生い茂っていた葉は落ち、どこか寂しげな木がそこに立っていた。 ごつごつとした幹にそっと触れ、耳を当てる。風が洞窟を抜けていくような、深い音が聞こえたような気がした。これが植物の呼吸音なのだろうかと、勝手な想像をしながら根元を見ると、 小さな花が二、三本添えられている。そういえばさっきミーナが森神様にお祈りをしてきたと言っていた。おそらくお供えのつもりで置いたのだろう。

「……大丈夫。村の人たちはあなたのこと、とても愛しているよ」

 ひやりとした感触が頬に伝わる。反射的に見上げれば、雪が再び静かに降り注いできた。音もなく舞い踊る白は、少しずつ大樹をも覆っていく。

「セトー、乗り遅れるよ〜。あとオレが死にそう〜」

 後ろの方で待ちきれなくなったクラウスが呼ぶ。セトは返事をしながら歩きだす。



"ありがとう"



 どこかで小さな音がした。振り返っても、景色は変わっていない。
 それでもセトは温かい気持ちになりながら、優しく笑った。