count01:語る大樹
賑わう王都の中心街に聳える建物の一つに、スカイラインの駅がある。スカイラインは国と国とを結ぶ世界で最も普及している交通手段であり、 飛行列車とも呼ばれている。乗り物の形状は国によって様々であるが、基本原動力は機体底に描かれた魔方陣から成る魔法だ。ここ機械国家と呼ばれるテクノスのスカイラインは、 見た目こそは鉄の塊でしかないが世界一の安全性と品質を誇っていた。
ゲートでICカードのチェックを受け、セトとクラウスはスカイラインに乗り込む。今回の車種は四人掛けのスペースずつに区切られており、個室状になっている。 そのためプライバシーも守られ快適な乗り心地であった。二人は互いに向き合うように座ると、先程の報告書データを取り出した。
「村があるとして、なーんで隠すようなことしてるんだろ。税金を納めているってことは、完全に村の存在を消したいわけではなさそうだし」
「多分、外から隠したい事があるんでしょ」
「悪いこと?」
「さあね。村にとって悪い事実か良い事実かはわからないけども、D.Cが絡んでそうな時点でイケナイことはしてるだろうね」
クラウスの推察にセトは小さく唸った。D.Cは生きる者の負の感情や欲に寄ってきては言葉巧みに相手を誘い、生命つまり命を喰らう。 相手に利益をもたらすふりをして、騙した後に喰らうなんてのがよくある手なのだ。そうやって奴等は獲物の黒い感情を最大限に膨らませ、 食べ頃を見計らっている。そして意志や欲が強い者ほど、その罠に捕らえられやすい。今回もその手の可能性が高いと、二人は感じたのだ。
スカイラインが離陸し、空を走る。快晴な空からの景色は絶景であるが、これから向かう方角は少しばかり雲行きが怪しく見えた。セトは窓越しからの空を見つめ、右手の拳に力を込めた。
「うっわ、なんでこんなに寒いの。てか雪降ってるし」
「しょうがないでしょ。北国は氷の季節なんだから」
二人はカリジ国へ無事入国し汽車に乗り換え、村近くと思われる駅で降りた。やはりと言うべきか、駅は無人で人っ子一人見あたらなかった。柔らかな粉雪が舞い、 辺り一面を少しずつ雪化粧している。足音が微かに鳴る地面を踏みながら、二人は村を目指した。
「えーっと、どっちだろ」
「セト、ここに看板がある。村の名前なんだっけ?」
「グリフラー村!」
「じゃあ右だ……げ、村まで約5kmとか書いてあるんですけどこれ。オレ寒くて死ぬんですけど」
「確かに端末にも一応5kmって出てるや。ほら、早く行こうよ」
できるだけ身を小さくしようと猫背になるクラウスの腕を引っ張り、歩き出す。村までの道のりでも人一人会わず、木々と雪しか見えなかった。特にD.Cの気配も感じない。 もしかしたら、この静かに降る雪が全ての気配までも覆い隠しているのかもしれない。二人の足音しか聞こえない一本道は、あまりにも静かで無気味であった。
「人の気配が無さすぎるね、やっぱ辿り着けないんじゃない? 帰ろうよ」
「こら! 今来たばっかでしょ! あ、微かだけど人の気配をキャッチしてる……?」
ぐいとクラウスの目の前に端末の地図を見せると、村と思われる小さな集落の表示の隅の方に赤の点が二つか三つほど映し出されていた。二つの点ははっきりと捉えることができるが、 もう一つの点は薄く、今にも消えそうであった。この点の色はその生き物の命の強さも同時に示している。つまり一つは瀕死の状態か、それほどまでに弱っている状況だと予想される。
二人は気配を消しながら足を速めた。雪は降り続き、粉雪からぼた雪へと変わりつつあった。まるで二人が居なかったかのように、雪は足跡を覆い、世界を白く染めていく。 その純白の世界に音を入れたのは、重さに耐えきれなくなって枝から落ちた白い塊だけであった。
「ここかあ……」
現在地は村の目の前。正確には、地図上でだが。
先程の赤い点を追ってきたものの、二人の目の前に広がる景色は、調査課が報告してきたとおりの木々と雪で囲まれた森の一部であった。しかし彼らには、 何かしらの気配と怪しさを感じ取れていた。
「うん……微かだけど、人の気配はするね。こんな微量じゃ確かに調査課の人はわからないよね」
地図を頼りに村の中心辺りまで歩いてみるものの、景色は変わらず森の中である。辺りを見回しても、それらしい家屋はない。仕方なくもう一度村の入口だと思われる場所まで戻った。
「これがどうなってるかは知らないけど、D.Cの仕業なんだろうね。まったく、面倒な仕様にしてくれちゃって。オレもう寒さが限界なのに」
「結界とかかなあ……ノーゼで攻撃してみたら反応するかな?」
武器を出そうと構えたセトの腕を掴み、クラウスは制止させた。
「村の詳しい構造がわからないから、いるかもしれない村人にまで当たると面倒だよ。リスクが大きい」
「あ、そっか」
どうしたものかと寒さの中、考えを廻らせていると、先程から目印として辿ってきた赤い点の一つが逆にこちらに近づいてきていた。それは止まることなくセトたちまで一直線で、 彼らは咄嗟に身構えたが近づく気配に殺気はなかった。
「え?」
「子ども……」
目の前に突如現れた小さな少女は大きな瞳を瞬かせながら二人を見つめていた。
「おねえちゃんたち、だあれ?」